RNAの発現量を調べるときはRNAを組織や細胞から抽出して、最終的にRT-PCRを行う必要があります。
RNA抽出からRT-PCRまでには多くの工程があるので、慣れていない人は「ハードルが高いな」「ごちゃごちゃしてよくわからない」と感じているのではないでしょうか。
この記事ではRNAを使った実験をこれから始めるという初心者向けにRNA実験のおおまかな流れをやさしく説明していきます。RNA実験を始める前の勉強やイメージ作りに役立ててください。
詳細な説明に関してはそれぞれ別に記事を用意してあります。リンクを貼っているので参考してくださいね。
遺伝子発現解析
遺伝子といえば多くの場合DNAのことをさします。
一方で遺伝子発現はRNAの発現を指す言葉です。
ここでは遺伝子発現解析の定義と意義についてごく簡単に説明します。
- 遺伝子発現解析とは
- RNA発現量を調べる意義
遺伝子発現解析とは
遺伝子発現とはDNAをもとにRNAが合成される過程のことです。DNAからRNAが合成されることを転写といいます。
つまり遺伝子発現解析とはDNAからRNAがどれだけ転写されたか、「RNAの量を調べる解析」のことを指します。
RNA量のことをRNA発現量ともいいます。この記事では今後RNA発現量と書いていきます。
RNA発現量を調べる意義
RNAの発現量を調べる意義はなんでしょうか。
私たちは遺伝情報をDNAとして持っています。DNAからRNAが転写され、RNAをもにとしてタンパク質に翻訳されます。最終的には翻訳されたタンパク質が実行部隊として働くことで私たちの体はコントロールされています。
この時大事なのは、DNA量は全身すべての細胞で一定であり、RNAの発現量が変化することで、連動してタンパク質の量が変わり生体の応答が起きるということです。
- DNA量…全身の細胞で一定。違いがない。(例外はあります)
- RNA発現量…細胞によって異なる。RNA発現のパターンの違いが細胞や組織の特徴を決定している。
- タンパク質発現量…細胞によって異なる。基本的にはRNA発現量に応じてタンパク質発現量が決まる。

つまり生体の変化を調べるためには、DNA量の変化をみても意味がなく、RNAかタンパク質の発現量を調べなくてはなりません。
これがRNA発現量を調べる意義となります。
ちなみにタンパク質の発現量を調べることでも生体の変化を解析することができます(RNAとタンパク質を調べる場合では厳密な意味合いは異なります)。
RNA発現量を調べる意義の詳細についてはこちらの記事を参考にしてください。
RT-PCR
RT-PCRとはRNAの発現量を調べる手法です。
PCRを用いるとDNAを増幅することでDNA量を調べることができます。しかしPCRではRNAを増幅することができないためにRNAの発現量を調べることができません。
RNA発現量を調べるためには、RNAをもとに対応するDNAを合成する逆転写という反応を利用します。
逆転写ではRNAに相補的な配列をもつcDNAが合成されます。cDNAのcは相補的を意味するComplementaryの頭文字に由来しています。
cDNAを使えばPCR反応を行うことができるので、RNA発現量を調べることができます。
このRNAを逆転写してからPCRを行うという一連の流れを逆転写PCRといいます。
逆転写は英語でReverse Transcriptionということから、ほとんどの研究者はRT-PCRと呼んでいます。

RT-PCRについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
RNA抽出からデータ解析までの流れ
ここでは実際にRT-PCRを行ってデータを得るまでの一連の流れをリストアップしておきます。
かなり長い工程となります。
この記事ではすべての工程について解説するので、気になった点だけでも読んでみてください。
- RNA抽出と精製
・ホモジナイズ
・フェノールクロロホルム抽出
・エタノール沈殿 - RNAの質と量の確認
・吸光度測定
・電気泳動 - 逆転写
- リアルタイムPCR
*別途プライマー設計・作成を行う必要あり - データ解析
RNA抽出・精製
まずは組織や細胞などのサンプルからRNAを抽出し精製を行っていきます。
RNAの抽出・精製をうまく行うためにはRNaseによるRNA分解への注意と、使用する手法の原理を知ることが重要となります。
流れ
RNA抽出・精製の流れは以下の通りです。
- サンプル回収
- サンプルの一時保存(飛ばしてもOK)
- RNA抽出(ホモジナイズ)
- RNA精製(フェノール・クロロホルム抽出、エタノール沈殿)
- RNAの溶解
RNase対策(事前準備)
実験を行う前にRNaseに対する対策を行う必要があります。
RNaseとはRNA分解酵素です。RNaseは身の回りのあらゆる場所に存在しているので、対策なしに実験を行うとまず間違いなくサンプルのRNAが分解してしまいます。
RNaseは具体的にはこのような場所に存在しています。
- 実験動物の組織
- 実験者の汗や唾液
- 試薬
- ピペットマンなどの道具や実験台
ここでは「実験者」「試薬」「ピペットマンや実験台」に存在するRNaseへの対策を説明します。実験動物に対する対策は後ほど説明します。
実験者(自分自身)
自分に対する対策は2つです。
- 手袋・マスクを着用して実験を行う
- 実験手技を向上させる
1つ目は簡単で手袋とマスクの着用です。これらを着用することで、手と唾液からサンプルへのRNase混入のリスクを減らすことができます。
また当然ですがおしゃべりも厳禁です。
2つ目の実験手技の向上は難しいですが、手技を安定させることで実験結果を安定させることができます。
初心者に特に気をつけてほしいのが、「チューブの内ブタを触らない」、「チップに触れない」の2点です。
学生の実験を見ていると特にこの2つに気づいていない人が多いです。しっかり意識して実験を行ってみてください。
試薬
超純水や試薬にもRNaseが混入していることがあります。
試薬に対する対策は以下の2つです。
- RNase-freeの試薬を購入する
- DEPC処理を行う
1つ目の対策はRNase-free試薬の購入です。
各会社からRNA実験用のRNase-free(RNaseが含まれていない)試薬が販売されています。
普通の試薬よりは割高ですが、品質が保証されているので金銭的に余裕がある場合は購入するのもいいかと思います。
2つ目の対策は試薬へのDEPC処理です。
DEPCとはジエチルピロカーボネート(Diethylpyrocarbonate)の略です。
DEPCはRNaseを不活性化させる作用を持っているので、RNA実験に用いる試薬にDEPCを加えて一定時間反応させることで、試薬中のRNaseを働かなくさせることができます。

ピペットマン・実験台
ピペットマンや実験台のRNase除去には、各メーカーが販売しているRNase除去スプレーがおすすめです。
RNase除去スプレーでふき取るだけで、RNaseを除去することができます。しかし過信は禁物なので、正しい操作を行うように気を付けてください。
RNase除去スプレーの例: RNase Quiet(ナカライテスク)
RNase対策についてはRNA分解の原因と対処法でより詳細に解説しています。
サンプル回収
サンプル回収では細胞や組織をRNA抽出用に回収します。
細胞を扱う場合はそれほど注意はいりません。
組織を扱う場合は組織中にRNaseが含まれているため素早く作業をする必要があります。作業に時間がかかりすぎると組織中のRNaseによってサンプルのRNAが分解されてしまいます。
また組織のRNA分解を抑えるために、組織を回収したらすぐにRNA抽出に移ってください。
すぐにRNA抽出が行えない場合には、組織を液体窒素により急速凍結したのち一時的に-80℃でサンプルを保存することができます。このときサンプルの凍結融解は絶対に行ってはいけません。
RNA抽出用組織の一時保存
- 組織を単離する
- 液体窒素を用いて組織を急速凍結する
- -80℃で一時的に保存する
*RNAの分解が進行するため凍結融解は行わない
RNA抽出(ホモジナイズ)
RNA抽出はRNA実験で最もRNA分解が起こりやすいステップです。
そのためRNase対策をしっかり把握して実験することが非常に重要となります。
RNA抽出時の対策はこちらになります。
- 強力なRNase変性剤(タンパク質変性剤)を使用する
- いち早く組織をホモジナイズし均一化する
- 組織の特徴を理解する
組織中にはRNaseが含まれているため、何も考えずにRNA抽出を行うとまず間違いなくRNAが分解されてしまいます。
これを防ぐためによく使われているのが強力なタンパク質変性作用を持つ「チオシアン酸グアニジン(グアニジンイソチアン酸塩)」です。
チオシアン酸グアニジンを含むバッファーで組織をホモジナイズすることにより、組織中のRNaseが変性するためRNAが分解されるリスクが大幅に減少します。
*ホモジナイズとは組織を破砕して均一な懸濁液にすることです。
チオシアン酸グアニジンを含むRNA抽出用の試薬は各種メーカーで販売しています。
しかし組織をRNA抽出用試薬に浸しても組織中のRNaseは変性しないので注意してください。実験初心者にはRNA抽出試薬に浸せばOKと勘違いしている人が多いです。
当然ですがRNA抽出試薬が組織の内部にまで浸透しないと、組織内部のRNaseは働き続けて近くに存在するRNAは分解されてしまいます。
そのため組織の内部のRNaseも素早く変性させるために、組織をホモジナイズ(破砕)して組織全体にRNA抽出試薬を行き渡らせる必要があるのです。
これが2つ目の対策「いち早く組織をホモジナイズし均一化する」の理由です。
最後の対策は「組織の特徴を理解する」です。
以下の組織の特徴をおさえておけばOKです。
- RNaseの活性レベル
- 組織の硬さ・ホモジナイズの難しさ
「RNaseの活性レベル」については取り扱う組織によってかなりRNaseの活性レベル、つまりRNAがどれだけ分解されやすいかが異なります。
特に膵臓のRNase活性が高くRNAが分解しやすいことは有名なので、適切な実験操作が必要となります。
RNAの分解が起きないようにするために、自分の使用する組織のRNase活性レベルを把握しておきましょう。
「組織の硬さ」は「ホモジナイズの難しさ」に直結します。
ホモジナイズが難しく時間がかかってしまうと、それだけRNaseが変性するまでの時間が長くなるのでRNA分解のリスクが増加してしまいます。
骨、皮膚、筋肉はホモジナイズが難しい組織なので、事前にホモジナイズの方法を検討してから、RNA抽出実験に取り掛かることをおすすめします。
フェノール・クロロホルム抽出
RNAを抽出したら次にフェノール・クロロホルム抽出を用いてRNAの精製を行います。
組織や細胞からRNAを抽出するとき、RNAだけでなくDNAやタンパク質といった他の成分も同時に抽出されています。そのためRNA以外の必要ない成分を除去する必要があります。
フェノール・クロロホルム抽出ではDNAとタンパク質などを除去しRNAを精製します。
フェノール・クロロホルム抽出について簡単に説明します。
RNA抽出試薬にはイソチアン酸グアニジンの他にフェノールが含まれています。そのためRNA抽出液を遠心することによって水層(上層)とフェノール層(下層)の2層に分離することができます。
しかしこのままではフェノールが一部水層にも溶けてしまい、この先の工程に悪影響を与えます。
そこでクロロホルムを加えてフェノールをクロロホルム層に移行させ水層へのフェノールの混入を抑えます。この時は水層(上層)とクロロホルム層(下層)の2層に分離しています。
2層に分離したときDNA、RNA、タンパク質は以下のように別々の層に移行します。
- RNA…水層に移行
- DNA…クロロホルム層に移行
- タンパク質…界面(水層とクロロホルム層の間)に移行
このため水層のみを回収することでDNAとタンパク質を含まないRNA溶液を得ることができ、RNAを精製することができます。

フェノール・クロロホルム抽出について、もっと知りたい人はフェノールクロロホルム抽出の原理【図解付きでやさしく原理を解説】をみてください。
エタノール沈殿
エタノール沈殿では塩の除去とRNAの濃縮を行います。
エタノール沈殿とはRNA溶液にエタノールを加えて、RNAを溶媒に溶けなくすることにより沈殿させる手法です。
RNAを沈殿させることにより、RNAが溶けていた溶媒を除去することができるので、RNAを適切なバッファーや水で再溶解することで塩の除去が行えます。また少量のバッファーや水に再溶解することでRNAを濃縮することも可能です。

エタノール沈殿の原理を簡単に解説します。
RNAは極性を持つため水に溶解させることができます。エタノールは水より極性が低いためRNAを溶解させることができません。
しかしRNAはリン酸基を持っており、リン酸基の負電荷が反発しあうことによりRNAは凝集しづらく沈殿が生じにくいのです。
そのためさらに酢酸ナトリウムなどの塩を加えRNAの持つ負電荷を中和します。この操作によりRNAが凝集しやすくなり、RNAの沈殿が得られます。

エタノール沈殿の詳しい原理やテクニックはアルコール沈殿の原理を解説【イラスト付き】にて詳細に説明をしています。
RNAの量と質の確認
細胞や組織からRNAが抽出・精製できたら、実際にRNAがどれだけの量得られたのかと、どの程度のクオリティーのRNAが得られたかを確認します。
RNAの確認には吸光度測定と電気泳動を利用します。それぞれの手法では以下の内容が確認できます。
- 吸光度測定
RNAの量とRNAの純度(余計なものが混ざっていないか)の確認 - 電気泳動
RNAが分解していないかの確認
吸光度測定
吸光度測定ではRNAの量とRNAの純度を確認することができます。
RNAは構造の中に塩基を持っていて、塩基は260 nmの波長の光を吸収する性質を持っています。
そのため260 nmの吸光度を測定することで、どれだけ塩基があるか、すなわちどれだけの量のRNAがあるかがわかります。
260 nmの吸光度は吸光度を意味するAbsorbanceの頭文字をとってA260と表します。
A260=260 nmの吸光度
さらに溶液中のRNA濃度が40 µg/mLの時にA260は1となるので、RNA濃度は以下のように計算することができます。
RNA濃度(µg/mL)=A260×40
またA260/A280とA260/A230を求めることでRNAの純度を調べることができます。
きれいに精製された純粋なRNAの場合はA260/A280とA260/A230の値は以下の通りになります。
純粋なRNAの場合
- A260/A280=1.9~2.1
- A260/A230>2.0
A260/A280はタンパク質の混入の指標となり1.9を下回るとタンパク質の混入が疑われます。さらに1.7を下回る場合は多くのタンパク質が混入していると考えられるため、実験に使用しない方がいいでしょう。
A260/A230はフェノール・クロロホルム・エタノールなどの有機溶媒とチオシアン酸グアニジン混入の指標です。
A260/A230が2を下回っても1以上なら実験に使うことができると思います。しかし1を下回った場合には、一度精製しなおしてから実験に使用するのをおすすめします。
吸光度測定について詳しく知りたい人は吸光度による核酸濃度・純度の測定【DNAとRNA濃度・純度測定のポイントを解説】を参考にしてください。
電気泳動
電気泳動ではRNAの分解していないかを調べることができます。
RNAにはリボソーマルRNA(rRNA)、トランスファーRNA(tRNA)とメッセンジャーRNA(mRNA)の3種類が存在します。このうちrRNAが90%を占めています。
このためRNAを電気泳動したときにはrRNAが検出され、tRNAやmRNAは検出されません。
さらにrRNAには28S、18S、5Sサブユニットの3種があります。
これらをまとめるとRNAを電気泳動したときには分子量の大きい順(泳動の遅い順)に28SrRNA、18SrRNA、5SrRNAが観察されます。
RNAが分解されるときは大きいものほど分解されやすいため、28SrRNAがもっともよく分解されます。
分解されていないRNAの場合は28Sと18Sのバンド強度(光の強さ)は2:1で観察されますが、RNAが分解されている時には28Sの比が小さくなり28S:18S=1:1や1:2となります。
さらに分解進んでいるサンプルの場合は28Sや18Sが確認できない場合もあります。
このようにRNAを電気泳動し28SrRNAと18SrRNAの比をみることで、RNAの分解具合を調べることができます。

具体的なRNAの電気泳動の方法や考え方はRNA電気泳動法【RNA電気泳動の意義や原理を解説】で解説しています。
逆転写
実験に使える量やクオリティーのRNAが得られたら、逆転写を行います。
逆転写とはRNAから相補的なDNAを合成する反応のことです。
相補的は英語でComplementaryということから、逆転写により得られたDNAをcDNA(Complementary DNA)と呼びます。
RNAはそのままではPCRにより増幅させることができないので、RNAからcDNAを合成する逆転写反応を行う必要があるのです。
逆転写の手順を以下に簡単にまとめておきます。
逆転写の簡単な流れ
- RNAを加熱して高次構造を解消する
- 酵素・プライマー・バッファーを加える
- 37℃付近で温めて逆転写反応を進行させる
- 高温で加熱して酵素を失活させる

実際に逆転写を行うときは、各メーカーが販売しているキットを使用します。
以下が代表的なキットになります。
これらのキットに含まれるもののうち、勉強しておくべきものは「逆転写酵素」と「プライマー」です。
逆転写酵素はその名の通り逆転写を行う酵素のことです。キットに含まれている酵素はウイルス由来の逆転写酵素になります。
プライマーは逆転写酵素がcDNA合成を開始する目印です。プライマーには合成したDNAを用います。
逆転写に使うプライマーには主に「オリゴdTプライマー」と「ランダムプライマー」の2種類があります。
- オリゴdTプライマー: T(チミジンヌクレオチド)が12~18個並んだプライマー
- ランダムプライマー: 6個のランダムなヌクレオチドが並んだプライマーが混ざっているもの
オリゴdTプライマーとはT(チミジンヌクレオチド)が12~18個並んだものです。
オリゴdTプライマーはmRNAの3’末端に存在するポリAテールと呼ばれるAが連なっている領域に結合します。
このためオリゴdTプライマーを使うとmRNAの3’末端から逆転写が開始されるため、完全長のcDNAを得ることができます。

ランダムプライマーは6つの塩基がランダムに並んだプライマーを混ぜたプライマーです。理論上はすべてのRNAに結合することができます。
したがって、オリゴdTプライマーとは異なりtRNAやrRNAなどmRNA以外のRNAを逆転写することができます。

それぞれのプライマーの特徴をおさえることで、最適な実験を行うことができます。
RT-PCRや関連知識に関してはRT-PCRの原理を解説【逆転写酵素・プライマー・手順を解説】で詳細に解説しています。
リアルタイムPCR
リアルタイムPCRとは、PCR反応によるDNAの増幅をリアルタイムに測定することで正確にDNAの定量を行うことができる手法です。
リアルタイムPCRは定量PCR(qPCR)とも呼ばれます。qはQuantitative(定量的)の頭文字です。
ここでは以下の3点について解説します。
- リアルタイムPCRを行う意義
- 遺伝子をリアルタイムに検出する方法
- プライマー設計
PCRの基礎を勉強したいから勉強したい人はPCRの原理を図解付きでわかりやすく解説【初心者向け】を参考にしてください。
リアルタイムPCRを行う意義
通常のPCRではDNAが常に増幅し続けるわけではなく、PCR反応の途中で増幅曲線がプラトーに達してしまいます。
プラトーに達した状態のサンプルを電気泳動で確認をしても、正確なDNA量の違いを反映しないため、通常のPCRでは定量性が低いという問題点があります。

リアルタイムPCRでは反応が1サイクル終わるごとに、リアルタイムでDNAの量を測定するので、プラトーの影響を受けることなく正確なDNA量を調べることができます。
正確にDNA量を側的できるのがリアルタイムPCRの最大のメリットです。
リアルタイムPCRを行う意義について詳しく知りたい人は「【図解付き】リアルタイムPCRの原理【初心者向けにわかりやすく解説】」をぜひ見てくださいね。
遺伝子をリアルタイムに検出する方法
遺伝子をリアルタイムに検出するにはいくつかの方法があります。
ここでは最もよく使われる2種類の手法について解説します。
- インターカレート法
- TaqManプローブ法
インターカレート法
インターカレート法とはSYBR Greenなどの蛍光色素を利用してDNA量を測定する方法です。
SYBR GreenはDNAの二重らせん構造にインターカレートする(はまり込む)ことで蛍光を発するという性質を持っています。
つまりPCR反応でDNAが増幅されることで、より多くのSYBR GreenがDNAにインターカレートし、強い蛍光が観察されるようになります。
1サイクル毎にSYBR Greenに由来する蛍光を測定することでDNA量を測定することができます。

TaqManプローブ法
TaqManプローブ法ではその名の通りTaqManプローブを使い、リアルタイムでDNA量を測定します。
TaqManプローブとは増幅したい遺伝子に結合する(相補的な)DNA配列の5’末端に蛍光物質をつけ、3’末端に蛍光物質を邪魔するクエンチャーという物質をつけたものです。
TaqManプローブはPCRのアニーリングと伸長のステップにおいて、目的の遺伝子に結合しています。この時TaqManプローブの蛍光物質はクエンチャーによって蛍光を発せないようになっています。
PCR反応を進行させると目的の遺伝子がポリメラーゼにより伸長します。
目的遺伝子が伸長するときに、伸長の進路上にTaqManプローブが結合しています。ポリメラーゼがTaqManプローブに近づくと、TaqManプローブを加水分解し蛍光物質とクエンチャーが離れていきます。これによって蛍光物質はクエンチャーに邪魔されることなく蛍光を発することができるようになります。
つまりPCRにより目的の遺伝子が増幅するほど、TaqManプローブの分解が起き、蛍光が強くなります。そのためインターカレート法と同じように、蛍光の強さを測ることでDNA量を調べることができます。

インターカレート法とTaqManプローブ法の比較
2つの方法の比較をまとめたので、実験方法を選ぶときの参考にしてください。
個人的には初心者にはインターカレート法が、値段も安く、比較的簡単なのでおすすめです。
インターカレート法
- 値段が安い
- 目的の遺伝子以外の増幅も検出してしまう
- 感度がTaqManプローブ法より高い
- プライマーが設計しやすい
TaqManプローブ法
- 値段が高い
- 高い特異性で遺伝子を検出することができる
- プライマーやプローブの設計が難しい
遺伝子をリアルタイムに検出する方法を詳しく勉強したい人は「【図解付き】リアルタイムPCRの原理【初心者向けにわかりやすく解説】」を参考にしてください。
プライマー設計
最後にプライマー設計についてです。
適切なサンプル(質の高いcDNA)が用意できた場合には、リアルタイムPCRが上手くいくかのほとんどはプライマーによって決まります。
プライマー設計は初心者には難しいですが、ポイントをおさえて適切なプライマーを作成しましょう。
ここではプライマーを適切に作るために以下の基礎事項を解説します。
- プライマーとはなにか
- プライマー設計のための基本ルール
プライマーとは
先ずはプライマーとはなにかを簡単に説明します。
プライマーはPCR反応の開始点を決定する目印です。
プライマーは約20塩基の長さのDNA断片で、相補的な配列をもつDNA領域と結合します。プライマーがDNAと結合している領域にポリメラーゼが結合してDNAの伸長反応が開始されます。
つまり特定の遺伝子を増幅したい場合には、増幅したい目的のDNAには結合するが、そのほかのDNAには結合しないようなプライマーを実験に使う必要があります。
プライマー設計について
リアルタイムPCRがうまくいくかは正しくプライマーが設計できるかでほとんど決まると言っても過言ではありません。
ここではプライマーを設計するうえで知っておいた方がよい、基本的なポイントを以下に列挙します。
以下のポイントをおさえることでかなりクオリティーの高いプライマーを作ることができます。
- プライマーの長さを18~25ヌクレオチドにする
- Tm値を55~65℃にする
- フォワードとリバースのプライマーのTm値の差を5℃以内にする
- プライマーの3’末端がCまたはGで終わるようにする
- プライマーの3’末端の最後の5塩基では、少なくとも2つのGまたはC塩基を含むようにする
- GC含量を40〜60%にする
- プライマー内で相補配列を持たないようにする
- プライマー間で相補配列を持たないようにする
- 4つ以上の同一ヌクレオチドの連続(CCCC)を避けるようにする
- ジヌクレオチドの繰り返し(ATATATATAT)を含まないようにする
- 増幅産物長をqPCRの時には100 bp、標準的なPCRの時には500 bp程度にする
- プライマーが目的の遺伝子とは異なる遺伝子に結合しないようにする
個々のポイントの詳細な説明は「【PCRに失敗しないために】プライマー設計の12個のルールを解説」で解説をしています。
しかしこれらのルールを守りながらプライマーを作るのは初心者にとってはかなり難しいです。
初心者の人でリアルタイムPCR用のプライマーを設計したい人にはPrimer-BLASTというサイトがおすすめです。
このサイトでは誰でも簡単にプライマーを設計することができます。私もPrimer-BLASTで多くのプライマーを設計しましたが、ほとんどのプライマーが問題なく使えています。
Primer-BLASTの使い方はこちらの記事で解説をしているので、先ずは試してみてください。
データ解析
リアルタイムPCRが終われば最後はデータ解析になります。
ここではリアルタイムPCRのデータ解析によく使われているΔΔCt法に関する以下の2つを解説します。
- Ct値
- ΔΔCt法
Ct値
PCR反応では目的のDNAの量が1サイクルで2倍になります。
この性質を利用してデータ解析を行います。
具体的には、一定の遺伝子量に達したサイクル数を比較することで遺伝子発現量を調べていきます。
この一定の遺伝子量に達したサイクル数のことをCt値と呼びます。
もとの遺伝子発現量が高ければ高いほど、一定の遺伝子量に達するのが早いためCt値は小さくなります。
具体的には先ほど説明したように「PCR反応では目的のDNAの量が1サイクルで2倍になる」ためCt値が1違えば遺伝子量発現量は2倍異なることがわかります。
これがリアルタイムPCRのデータ解析に関する基本的な考え方です。
具体例
サンプル名 | Ct値 | サンプルAを基準とした遺伝子発現量 |
サンプルA | 25 | 1 |
サンプルB | 23 | 4 |
サンプルC | 26 | 0.5 |
以上の表のように、基準サンプルをサンプルAとしたときに、サンプルAのCt値が25でサンプルBのCt値が23となった時について考えます。
サンプルBの方がCt値が小さいので早く遺伝子が増幅した、つまりサンプルBの方が遺伝子発現量が高いことがわかります。
このときCt値の差が2であること、PCRでは1サイクルで遺伝量が2倍になることから、サンプルBはサンプルAより目的の遺伝子発現量が2の2乗(22)=4倍高いことがわかります。
サンプルCは2-2=0.5となります。
つまり遺伝子発現量は以下の式で計算することができます。
基準と比較したサンプルの遺伝子発現量=2(基準のCt値ーサンプルのCt値)
ΔΔCt法
Ct値を利用することで遺伝子発現量を調べることができます。
ここでは代表的な解析法であるΔΔCt法について説明します。
ΔΔCt法とは基準となるサンプルと比べて興味のあるサンプルの遺伝子発現量がどの程度異なるのかを調べる方法です。また内部標準遺伝子(internal control)を用いてサンプル間のクオリティーの差を補正することでより正確な結果を得る方法です。
先ほど説明した方法でCt値を使って遺伝子発現量を単純に比較してもいいのですが、この方法では、計算結果の差が、遺伝子発現量の差を反映しているのか、サンプルのクオリティーの差を反映しているのかを判断することができません。
このサンプルのクオリティーの差を補正するためにΔΔCt法を使います。
ΔΔCt法ではΔCt法に加えてサンプルのクオリティーの差の補正を行います。
有機溶媒が混入していたり、RNAが分解しているなどそもそものサンプルのクオリティーが悪ければ、遺伝子が増幅されにくく発現量が同じ場合でも実験結果としては遺伝子発現量が低いという結果になってしまいます。
このため内部標準遺伝子(internal control)を使ってサンプルのクオリティーの差をチェックします。
内部標準遺伝子とは各サンプルの間で発現量がほとんど変化しない遺伝子のことで、βアクチンやRPLP2が代表的な内部標準遺伝子として使われています。
内部標準遺伝子はサンプル間で発現量が一定になるので、内部標準遺伝子の発現量が異なるということは、サンプルのクオリティーが違うことを意味します。これによってサンプルのクオリティーの差を補正することができるのです。
それでは簡単に具体例を見ていきましょう。
サンプル名 | 目的遺伝子の Ct値 |
内部標準遺伝子の Ct値 |
基準と比較した遺伝子発現量 |
基準 | 25 | 18 | 1 |
サンプルA | 21 | 17 | 8 |
サンプルB | 23 | 19 | 8 |
先ずはΔCtを求めます。ΔCtは目的遺伝子が内部標準遺伝子に対してどれだけ発現しているかを表します。
ΔCt=2(内部標準遺伝子のCt値ー目的遺伝子のCt値)
つまり各サンプルについて計算すると以下のようになります。
- 基準のΔCt=2(18ー25)=2-7
- サンプルAのΔCt=2(17ー21)=2-4
- サンプルBのΔCt=2(19ー23)=2-4
次にΔΔCtを計算します。
ΔΔCt=基準のΔCt÷サンプルのΔCt
各サンプルの計算結果はこちらです。
- サンプルAのΔΔCt=2-4÷2-7=23=8
- サンプルBのΔΔCt=2-4÷2-7=23=8
この計算によってサンプルのクオリティーの差を補正した上で遺伝子発現量を比較することができます。
少し難しいですが、一度順を追って自分で計算してみてください。
おわりに
かなり盛りだくさんでしたが、RT-PCR法による遺伝子発現解析の流れを示してきました。
初めのうちは難しいかもしれませんが、どれも分子生物学的な解析における基礎になるので、何度も復習しつつ実際に実験をして知識と技術を身に着けてください。
忙しいときの後輩の指導にもこの記事をおすすめしてもらえると嬉しいです。