ホットスタートPCRは従来のPCRを改良したもので、PCR反応液が高温になって初めてPCR反応が起きるようにすることで、非特異的な増幅を減らすことができる手法です。
非特異的な増幅が減少することで偽陽性が生じる確率が低くなり、さらに目的の遺伝子の増幅効率が高まります。
非特異的な増幅の主な原因は、プライマーダイマー(プライマーの二量体化)の形成や、プライミングミス(プライマーが目的以外の配列に結合すること)です。この記事では、非特異的な増幅が起きる原因を説明し、ホットスタートPCRの原理・方法・メリット・市販品について解説します。
ホットスタートPCRを簡単に紹介した動画もあるので、先ずは動画を見てイメージをつかんでから記事を読むことで理解も深まると思います。
参考動画:【早わかり】ホットスタートPCRとは?
PCRで非特異的増幅が起きる理由
非特異的増幅はPCR反応でよく生じる問題の1つです。PCR反応で非特異的増幅が起きる理由には以下のようなものがあります。
- PCR反応前における伸長反応
- アニーリング温度
- プライマーの特異性
- プライマー濃度
- 高濃度の添加剤
これらの理由のうち「PCR反応前における伸長反応」を阻害することにより非特異的な増幅を抑える手法がホットスタートPCRです。
ホットスタートPCRの理解のためには「PCR反応前における伸長反応」以外の原因は読み飛ばしても問題ありません。
PCR反応前における伸長反応
非特異的増幅が起きるタイミングの1つは反応液の調製時間です。
実は室温でもTaq DNA ポリメラーゼはDNAの伸長行うことができ、室温でのDNA伸長反応が非特異的な増幅に関与します。また氷上で反応を行っても、非特異的な増幅が起きることがあります。
その理由はTaq DNA ポリメラーゼの初期反応性にあります。dNTP、鋳型DNA、バッファー、プライマーなどの成分はすべてPCRチューブに入っており、サーマルサイクラー(PCR機)に入れる前にTaqポリメラーゼは伸長反応を開始します。より低温の状態ではプライマーは非特異的なDNA配列に結合しやすいために非特異的な伸長反応が起きやすくなっています。さらにここで伸長されたDNAの5’末端はプライマーと完全に同じ配列を持つこととなるため、非特異的な増幅が起きるリスクがより高くなってしまいます。
このためサーマルサイクラー中で反応液が高温になるまでの伸長反応をいかに抑えるかが、非特異的な増幅を防ぐために重要となります。
アニーリング温度
反応時のアニーリング温度が適切なアニーリング温度(プライマーのTm値から算出)より低い場合、非特異的増幅が起きやすくなります。
プライマーの特異性
プライマーの特異性が低い場合には、目的以外の遺伝子領域にプライマーが結合し非特異的な増幅を起こします。
特異性の高いプライマーを設計するためには以下の記事を参考にしてください。
プライマーの濃度
プライマーの濃度は、非特異的な増幅を引き起こす要因の1つとなります。プライマーの濃度が高い場合には、プライマーが非特異的なDNA領域に結合する可能性が上がり、非特異的な増幅を引き起こします。
高濃度の添加剤
添加剤はPCRの増幅効率を向上させるために重要な役割を果たします。しかしMgCl2、KCl、DMSOなどの添加剤のいずれかの濃度が高いと、非特異的な増幅が生じやすくなります。
ホットスタートPCRの原理
ホットスタートPCRは従来のPCRを改変したもので、DNAポリメラーゼが加熱後に活性化されるようにすることで非特異的な増幅を抑える手法です。
ホットスタートPCR=高温条件下で初めてポリメラーゼが活性化される
プライマーの非特異的な結合やプライマーダイマーは反応の収率を低下させ、目的DNAの増幅効率が減少します。
ホットスタートPCRでは、反応中のTaq DNAポリメラーゼの早期での活性化を制限することで、非特異的な増幅を抑えることができます。
実際にホットスタートPCRを行い非特異的な増幅が抑えられた例を下図に示します。
Nが通常のPCR、HSがホットスタートPCRの結果で、通常のPCRでは最も強いバンドの下にスメアが見られ非特異的な増幅が起きていることが確認されますが、ホットスタートPCRを行うことで非特異的な増幅が抑えられ、目的のバンド強度が高くなっています。

参考画像:TaKaRaホームページより
ここではホットスタートPCRを行うための工夫のうち、代表的な2つの工夫を紹介します。
- ポリメラーゼ結合抗体
- サーマルサイクラーの予熱
ポリメラーゼ結合抗体
ポリメラーゼ結合抗体が市販のホットスタート対応ポリメラーゼに最もよく使われています。
ポリメラーゼ結合抗体はその名の通りDNAポリメラーゼに結合する抗体であり、この抗体がポリメラーゼに結合することでポリメラーゼの活性が抑制されます。抗体は高温条件下では変性しポリメラーゼと結合できなくなります。そのためPCR反応開始前の低温条件下ではポリメラーゼは働かず、約70℃以上に加熱した後は抗体が変性することによりポリメラーゼが活性を持つことになります。これによって低温条件下における非特異的な増幅を抑えることができます。
図
サーマルサイクラーの予熱
サーマルサイクラーの予熱は、使用しているポリメラーゼがホットスタート対応していないときに、最も簡便にホットスタートPCRを行うことができる方法です。
この方法ではサーマルサイクラーをあらかじめ95℃で加熱しておきます。その後4℃の氷の上でPCR反応液を準備し、すぐにチューブをサーマルサイクラーに入れます。こうすることで低温でポリメラーゼが活性化する機会を減らすことができます。
ただしポリメラーゼ結合抗体を用いた方法に比べると、非特異的な増幅を抑制する効率は低いです。
ホットスタートPCRのメリットとデメリット
以下に簡単にホットスタートPCRのメリットとデメリットを示します。
メリット
ホットスタートPCRのメリットは以下の通りです。
- 非特異的な増幅を抑えることができる
- 室温で反応液の調製が行える
- 目的産物の増幅効率を向上させることができる
デメリット
ホットスタートPCRのデメリットは以下の通りです。
- コストが高い
- 事前の加熱により鋳型DNAの分解が起き、長いDNAを増幅できないおそれがある
市販されているホットスタート対応ポリメラーゼ
ホットスタートPCRを行うために、一番手っ取り早いのが市販のホットスタート対応ポリメラーゼを購入することです。
ここでは様々なメーカーが販売しているホットスタート対応ポリメラーゼを簡単にまとめます。
TaKaRa Ex Taq Hot Start Version
TaKaRa Ex Taq Hot Start VersionはTaKaRaから販売されているポリメラーゼ結合抗体を利用したポリメラーゼです。
本製品で使用しているTaKaRa Ex Taq HSは、抗Taq抗体とTaKaRa Ex Taqを混合したもので、ホットスタートPCR用の酵素である。高温に加熱するまでは抗Taq抗体が酵素に結合しポリメラーゼ活性を抑えているため、サイクル前のミスプライミングやプライマーダイマーに由来する非特異的増幅を防ぐことができる。抗Taq抗体はPCRの最初のDNA変性ステップで変性するため、特別な変性ステップは必要なく、従来のPCR条件で使用できる。
Quick Taq HS DyeMix
Quick Taq HS DyeMixはTOYOBOから販売されているホットスタート対応ポリメラーゼです。このポリメラーゼもポリメラーゼ結合抗体を利用したものになります。さらに全ての試薬がミックスとして混合されているので、作業が楽でPCR反応後そのまま電気泳動を行うことが可能です。
本試薬は、Taq DNA Polymeraseを含む2×マスターミックス(ホットスタート対応、電気泳動色素入り)です。
鋳型DNAとプライマーを入れるだけで直ちにPCRを実施することができ、反応溶液をそのまま電気泳動解析に供することができます。
抗Taq抗体がマスターミックスにあらかじめ混合されており、ホットスタート効果により、特異性の高い、高効率な増幅が期待できます。
Hot-Start Gene Taq
Hot-Start Gene Taqはニッポン・ジーンが販売しているホットスタートPCR対応ポリメラーゼです。今までのポリメラーゼと異なり、化学修飾によりホットスタート対応となっています。
本品は、ホットスタートPCR 用の耐熱性DNA ポリメラーゼです。PCR サイクルに入る前に95°C、5 分間の熱処理によって酵素の活性化処理を行います。本品は、宿主菌由来のDNA のコンタミを極力抑えた改変型Taq DNA ポリメラーゼである「Gene Taq FP」に化学的な修飾を施しています。得られた PCR 産物はTA クローニングに使用することができます。
その他のホットスタートPCRを行う方法
ここでは「ポリメラーゼ結合抗体」と「サーマルサイクラーの予熱」以外のホットスタートPCRを行う方法を紹介します。
上記の2つに比べると使う機会はかなり少ないので、興味のある人だけ読んでみてください。
以下の内容は以下のホームページを参考にしています。
参考ホームページ: What is a hot strat PCR?
- PCR反応液の凍結
- Taq DNAポリメラーゼの加熱後の添加
- ワックスビーズの使用
- 高特異性オリゴヌクレオチドの使用
PCR反応液の凍結
ホットスタートPCR行う方法の1つにPCR反応液の凍結があります。dNTPs、プライマー、水、鋳型DNAを反応液に加えたら、すぐに反応液を凍結させます。その後反応液の凍結面に Taq DNA ポリメラーゼとMgCl2などのPCR添加剤を加えます。
こうすることで反応液調製中の非特異的な反応を抑えることができます。
Taq DNAポリメラーゼの加熱後の添加
反応液を調製しサーマルサイクラーにチューブを入れ、95℃になった時に反応チューブにTaqを添加します。しかしこの方法ではクロスコンタミネーションやPCR反応失敗の可能性が高くなるため、信頼性の高い方法とは言えません。
ワックスビーズの使用
他の方法としてワックスビーズの使用があります。温度依存性のあるワックスビーズは、Taqポリメラーゼと他の試薬との間にバリアを作ります。
dNPT、水、プライマー、鋳型DNAをPCRチューブの底部に添加し、ワックスビーズのバリアを形成し、その後ワックスビーズの表面に酵素やMgCl2などの試薬を添加します。70℃以上になったら、ワックスビーズが溶けるのでTaqポリメラーゼを添加し、直ちに増幅反応を開始させます。
高特異性オリゴヌクレオチドの使用
50℃以下では、Taqポリメラーゼは高特異性オリゴヌクレオチドの存在下では不活性なままとなります。50℃を超えると、オリゴヌクレオチドがTaqから離脱し、活性を発揮できるようになります。
関連記事
PCRの基礎を勉強したい人は「PCRの原理を図解付きでわかりやすく解説【初心者向け】」を参考にしてください。

特異的なプライマーの設計方法やTm値について勉強したい人は以下の2つの記事を参考にしてください。

