インバースPCRとは、配列がわかっているDNA領域に隣接する未知のDNA領域をPCR法により増幅する方法です。
インバースPCRを使うことにより未知のDNA領域のクローニングと配列の決定を行うことができます。
さらに、遺伝子変異導入に応用することも可能です。
この記事では先ずインバースPCRの原理をわかりやすく図解付きで説明し、さらにインバースPCRの使用例や方法・プロトコルについて解説します。
最後にはインバースPCRを成功させるためのコツやトラブルシューティングも説明しているので、インバースPCRが上手くいかないときには参考にしてください。
通常のPCR法の原理など詳細を知りたい方は「PCRの原理を図解付きでわかりやすく解説【初心者向け】」を参考にしてください。
インバースPCRとは
PCRは特定のDNAに結合するプライマーを用いて、ポリメラーゼにより目的遺伝子を増幅する手法です。
インバースPCRはPCR法の種類の1つで、1988年にHoward Ochmanらによって開発されました。
まず、従来のPCRとインバースPCRの基本的な違いを説明します。
従来のPCR法では、ターゲットとなるDNAの配列がわかっていて、お互いに向かい合ったプライマーによってDNAが増幅されます。
逆PCRでは、既知のDNA領域に隣接する配列のわかっていないDNA領域を、既知のDNA領域に結合するプライマーによって増幅します。このとき使用するプライマーはお互いに逆向きであり、互いに離れる方向にDNAを伸長します。
インバース(inverse)とは逆という意味であり、逆向きプライマーが結合することに由来して名前が付けられています。

インバースPCRの原理
先ず配列が既知であるDNA領域に存在する制限酵素を使用してゲノムDNAを切断し、ライゲーションにより環状DNAを作製します。
*未知の配列にどのような制限酵素サイトがあるかは不明なので、複数の制限酵素を試してうまく作用する制限酵素を見つける必要があります。
作製した環状DNAをテンプレート(鋳型)として既知のDNA領域に結合する逆向きのプライマーを使ってDNAを増幅することで、配列がわかっていない領域のDNAを増幅することができます。
あとは増幅したDNAを用いてシークエンス解析で未知のDNA配列を明らかにすることができます。
用語解説
- 制限酵素:特定のDNA配列を認識してDNAを切断する酵素。
- ライゲーション:直鎖状のDNAの両端を連結する反応。
かなり難しい手法なので、以下の図を参考にしてください。
インバースPCRの使用例
インバースPCRは以下の実験を行うときに利用することができます。
- エクソン領域より上流または下流のDNAのプロモーター領域やエンハンサー領域の同定
- 遺伝子再編成、遺伝子融合、発がん性遺伝子の染色体上への配置などの未知の変異の同定
- ウイルス遺伝子セグメントやプラスミドの挿入
- トランスポーザブルエレメントの同定、性状解析
- 遺伝子変異の導入(応用的な使用例)
インバースPCRの流れ・プロトコル
インバースPCRの流れは以下のようになります。
- 制限酵素の選択
- 制限酵素によるゲノムDNAの切断
- DNAの精製
- 切断DNAのライゲーション
- 環状DNAの精製
- PCRによる環状DNAの増幅
- アガロースゲル電気泳動による目的DNAの確認
- 未知領域の塩基配列の決定
制限酵素の選択
増幅したい未知のDNA領域に隣接する既知のDNA領域の配列を入手します。
得たDNA配列を元に既知のDNAに少なくとも1か所存在する制限酵素サイトを候補として複数選択します。この時できる限り突出末端を生じる制限酵素を選択するようにします。
制限酵素サイト探索用サイト
制限酵素によるゲノムDNAの切断
あらかじめ用意しておいたゲノムDNAを候補に選んでいた制限酵素によって切断します。
一般的な反応液
試薬 | 使用量 |
制限酵素 | 1 µL |
10x buffer | 2 µL |
DNA(1 µg) | X µL |
滅菌蒸留水 | (17-X) µL |
合計 | 20 µL |
制限酵素に適する温度で12時間反応させる。
制限酵素の反応条件の参考はこちら
DNAの精製
制限酵素で切断したDNAをフェノール・クロロホルム抽出、エタノール沈殿やKitなどを利用して、DNAを精製します。
切断DNAのライゲーション
ライゲーションKitを用いて精製したDNA断片をライゲーションし環状化します。
ライゲーション反応はKitの添付文書に従って行ってください。
ライゲーション反応例(DNA Ligation Kit <Mighty Mix>)
以下の条件で調製を行い16℃で12時間反応させる。
試薬 | 使用量 |
DNA | 10 µL |
Ligation Mix | 10 µL |
環状DNAの精製
ライゲーションにより環状DNAをフェノール・クロロホルム抽出、エタノール沈殿やKitなどを利用して、精製します。
環状DNAを用いたPCRによる未知DNA領域の増幅
作製した環状DNAをテンプレートにしてPCRを行います。
ここでは既知のDNA領域に結合し互いに逆向きのプライマーセットを用います。
以下に典型的なPCR反応条件を示します。
PCR反応例(KOD One)
試薬 | 使用量 | 最終濃度 |
滅菌蒸留水 | (37-Y) µL | |
KOD One PCR Master Mix | 10 µL | 1x |
10 µM フォワードプライマー | 1.5 µL | 0.3 µM |
10 µM リバースプライマー | 1.5 µL | 0.3 µM |
ライゲーションで得られた環状DNA (50 ng程度) | Y µL | 50 ng |
合計 | 50 µL |
- 熱変性(Denature):98℃、10秒
- アニーリング(Annealing):(Tm-5)℃、5秒
- 伸長(Extension):68℃、10秒/kb
- 1~3を30~40サイクル程度行う
アガロースゲル電気泳動による目的DNAの確認
PCR産物をアガロースゲル電気泳動し、増幅産物が得られているかを確認します。
増幅産物が得られていた場合は、PCR産物を始めに使用した制限酵素で切断したのち電気泳動を行い、PCR産物中に制限酵素サイトが存在しているかをチェックします。
PCR産物が制限酵素により切断されなかった場合は、非特異的な産物増えているので、インバースPCRをやり直してください。
未知領域の塩基配列の決定
ここまでの作業が上手くいった場合には、得られたPCR産物が単一の場合はそのままシークエンス解析を行い、未知領域の塩基配列の決定を行います。
複数のPCR産物が得られた場合は、サブクローニングを行った後に、シークエンス解析を行います。
インバースPCRのコツ・トラブルシューティング
インバースPCRが上手くいかないときには以下のコツやトラブルシューティングを参考に、実験条件を見直してみてください。
ポイント
インバースPCRが上手くいくかは制限酵素の選択に依存します。
そのため候補となる制限酵素の中から以下の条件を満たす制限酵素を優先して使ってみましょう。
- 平滑末端ではなく突出末端を生じる制限酵素
- 一般的によく使用される制限酵素
- プライマー同士が接さずに離れたプライマーペアを設計できる制限酵素
トラブルシューティング
トラブルシューティングの例を以下に示しておくので、参考にしてください。
トラブル | 考えられる原因 | 解決方法 |
バンドがでない | DNA濃度が低い | ・DNA濃度をあげる ・DNA使用量を増やす |
制限酵素で切断されていない | ・制限酵素を変える ・制限酵素量を増やす ・反応時間をのばす | |
PCR効率が低い | ・伸長反応を長くする ・アニーリング温度を下げる ・プライマーを変える | |
バンドの数が多い | PCRで非特異的な反応が起きている | ・アニーリング温度を上げる ・プライマーを変える ・サブクローニングする |