- PCRではどんな原理でDNAが増えるの?
- PCRをするには何が必要なの?
- PCRでDNAを増やすとなんの役に立つの?
という人に向けて、「PCRの原理や基礎」について解説していきます。
この記事を読めば、PCRの原理と基礎をバッチリつかむことができます。
- PCRをどんなことに利用できるのか
- PCRに必要な試薬と機器の詳細
- PCRでどのようにDNAが増幅されるのか
- RT-PCR・リアルタイムPCRとはなにか
先ずは、図解だけでもながめてみてください!
がっつり動画で勉強したい人はTryのYouTube動画もおすすめです。
20分と少々長いですが、基礎がしっかり学べます。
参考動画:【高校生物】遺伝17 PCR法(20分)
映像授業 Try Itより
PCR法とは
まずは、PCR法とはなにかを説明します。
PCRとは「Polymerase Chain Reaction」の略で日本語では「ポリメラーゼ連鎖反応」といいます。
ポリメラーゼとは核酸(DNA・RNA)を鋳型にして新しい核酸をつくる酵素です。
PCR法では、ポリメラーゼを利用して「特定の遺伝子だけを増幅させる」ことができます。
どれくらい増えるかというと、だいたい「1,000,000,000,000倍」
そうなんと「一兆倍」にも増幅することができます。

使用用途
PCR法を使うと「特定の遺伝子を増やす」ことができます。
特定の遺伝子を増やすと、どんないいことがあるのでしょうか?
特定の遺伝子を増やすことで、以下のことが可能になります。
- 興味のある遺伝子を集める
- 特定の遺伝子を持っているかを判別する
- 遺伝子の量を調べる
- 遺伝子の配列を決定する

興味のある遺伝子を集める
PCR法によって特定の遺伝子を増幅させることで
数ある遺伝子のなかから興味のある遺伝子だけを増やして、
増やした遺伝子を集めることができます。
この手法を「クローニング」といいます。
クローニングした遺伝子を使って目的の実験を行います。

特定の遺伝子を持っているかを判別する
PCRによって特定の遺伝子だけを増やせるので、増えたかどうかを調べることで
そもそも「特定の遺伝子を持っているか」がわかります。
身近な例だと、コロナウイルスの遺伝子を持っているかを調べることでコロナウイルスに感染しているのかを調べることができます。
研究室の例をあげると、組換え遺伝子を持っているかを調べることで遺伝子改変マウスであるかを判別することができます。この手法は「ジェノタイピング」と呼ばれます。
このように、PCR法をウイルス検査やジェノタイピングに使うことができます。

遺伝子の量・配列を調べる
PCR法で遺伝子を増やすときに、プラスαで操作を行うと
遺伝子の量や配列を調べることができます。
少し複雑になるので、別の記事で解説します。
開発者
PCR法は今では「研究」や「検査」に欠かせない技術となっています。
PCR法はアメリカの生化学者であるキャリー・マリスによって開発され、PCR法を開発した功績によりキャリー・マリスはノーベル化学賞を受賞しています。
簡単にPCR法の発案からノーベル賞受賞までの流れをまとめます。
- 1983年にPCR法のアイデアを思いつく
- 1985年にPCR法の論文をScience誌に発表する
- 1993年にノーベル化学賞を受賞する
キャリー・マリスは一風変わった人であり、「夜に恋人とドライブをしているときにPCR法のアイデアを思いつき、車を停めてその場でメモを取った」というのは有名な話です。
また奇行が多いことでも有名でした。
キャリー・マリスは残念ながら2019年8月7日に74歳で亡くなりました。
必要なもの
それでは、実際にPCR法を行うためには何が必要になるのでしょうか?
- ポリメラーゼ
- 鋳型DNA
- プライマー
- ヌクレオチド
- PCR機(サーマルサイクラー)
ポリメラーゼ
ポリメラーゼとは核酸(DNA・RNA)を鋳型にして新しい核酸をつくる酵素です。
PCR法でDNAを増やす役目をもっているのは、ポリメラーゼになります。
PCR法では「耐熱菌がもつ特殊なポリメラーゼ」を使用します。
耐熱菌とは「高温でも生きることができる菌」のことです。
私たちの体にもポリメラーゼは存在します。
しかし、PCR法では高温で反応させる必要があります。
高温では私たちのもつポリメラーゼは失活してしまうので、PCR法に使うことが出来ません。
そこで耐熱菌のもつポリメラーゼを使います。
一番よくつかわれるのがTaqポリメラーゼです。
Taqポリメラーゼは「Thermus aquaticus」という耐熱菌が持つポリメラーゼです。
Taqポリメラーゼは高温でも比較的安定であるので、PCR法に適するポリメラーゼとして使われています。

鋳型DNA
鋳型とは目的のものをつくる型のことです。
ポリメラーゼはなにもないところからDNAを作ることはできません。
ポリメラーゼは鋳型DNAをもとにして対応する相補的なDNAをつくります酵素です。
鋳型DNAは増やしたい遺伝子を持っている動物の細胞から得ることができます。
つまり、人の遺伝子を増やしたい場合は人の細胞から、マウスの遺伝子を増やしたい場合はマウスの細胞から鋳型DNAを調達することになります。

プライマー
プライマー(primer)はポリメラーゼがDNAを合成する開始点の役目をもっています。
ポリメラーゼは「鋳型DNA」と「DNA合成の開始の目印であるプライマー」がそろって初めてDNA合成を開始することができます。
PCR法ではプライマーとしてDNAプライマーを使います。
DNAプライマーには、「増やしたい遺伝子と相補的な配列を持つDNA」を用います。
つまり
「DNAプライマーの配列によってどの遺伝子が増幅されるのかが決まる」
のです。

PCRの成功には適切なプライマーの設計が必要不可欠です。
プライマー設計のポイントは「【PCRに失敗しないために】プライマー設計の12個のルールを解説」でまとめているので、プライマー設計のときにはぜひ参考にしてください。
またPCRに使うプライマーはPrimer-Blastというサイトで設計することができます。
Primer-Blastは使うのが難しいかもしれませんが慣れると簡単にプライマーを作れるようになります。
Primer-Blastの使い方は「Primer-BLASTの使い方を完全図解解説 ~Primer-BLASTの超基本的な使用方法~」で解説しているので、プライマーを設計するときには参考にしてくださいね。
デオキシヌクレオシド三リン酸
デオキシヌクレオシド三リン酸はDNAの構成成分です。
具体的には以下の4種になります。
- dATP(デオキシアデノシン三リン酸)
- dTTP(デオキシチミジン三リン酸)
- dCTP(デオキシシチジン三リン酸)
- dGTP(デオキシグアノシン三リン酸)
ポリメラーゼがDNAを合成するためには材料が必要となるため、材料としてデオキシヌクレオシド三リン酸が必要になります。

PCR機(サーマルサイクラー)
最後にPCR法を行うための機械が必要になります。
サーマルサイクラーと呼ばれる機械です。
詳しくは次の項目で説明をしますが、PCR法を行うには「90℃→60℃→72℃」のような「加熱と冷却」が必要になります。
サーマルサイクラーは設定した温度変化プログラムに合わせて、温度制御をしてくれる機械になります。

画像はTaKaRa HPより引用
遺伝子が増幅される流れ
PCR法によってどのように特定の遺伝子が増幅されるのでしょうか?
PCR法は
- 解離(Denature)
- アニーリング(Annealing)
- 伸長(Extension)
の3ステップで構成されています。
解離(Denature)
Denatureは「DNAを2本鎖の状態から1本鎖にする」ステップです。
DNAは加熱することにより「可逆的に」変性させ2本鎖を解離させることができます。
具体的には約90℃で加熱することによりDNAを1本鎖にしていきます。
アニーリング(Annealing)
Annealingは1本鎖の鋳型DNAにプライマーを結合させるステップです。
適切な温度に調節することで「プライマーが目的のDNA領域に特異的に結合します」。
Annealingのステップが増幅される「DNAの特異性を決める」うえで最も大事になります。
Annealingはおおよそ60℃付近で行われます。
伸長(Extension)
ExtensionはポリメラーゼがDNAを合成するステップです。
プライマーが結合している場所を開始点として、鋳型DNAに相補的なDNAをポリメラーゼが合成します。
耐熱菌に由来する「Taqポリメラーゼは72℃で効率よく活性を発揮する」ため
72℃で反応をさせます。
まとめ
- 90℃でDNAを1本鎖にし
- 60℃でプライマーを結合させ
- 72℃でポリメラーゼがDNAを合成する
ことで目的の遺伝子が増幅されます。
1~3を1サイクルとして、だいたい30~40サイクル反応させていきます。
1サイクルで目的の遺伝子が2倍になるので理論上
30サイクルだと 2の30乗≒10億倍
40サイクルだと 2の40乗≒1兆倍
に遺伝子が増幅されます。
注意点としては以下の図に示すように、1サイクル目では目的の領域のDNAは作られず2サイクル目で初めて目的の遺伝子が得られることになります。

YouTubeにPCRの流れを説明したアニメーションがあったので掲載しておきます。
英語ですが4分程度で見ることができ、かなりわかりやすいのでぜひ参考にしてください。
PCR法の種類
PCR法には様々な種類があります。
ここでは以下の4つを説明します。
- コンベンショナルPCR
- RT-PCR
- リアルタイムPCR
- ネステッドPCR
コンベンショナルPCR
コンベンショナルPCRとはここまでで紹介してきた最も一般的なPCRでDNAを鋳型としてDNAを増幅していく方法です。
RT-PCRやリアルタイムPCRと区別するためにコンベンショナルPCRと呼ばれますが、ただ単にPCRと呼ばれることも多いです。
RT-PCR
RT-PCRとはRNAを増幅させるために行うPCRです。
PCR反応はDNAを鋳型とすることでしか行うことができないので、RNAを使って直接PCRをすることはできません。
そこでRNAを鋳型として対応するDNAを合成し、合成したDNAを鋳型としてPCRを行います。
このRNAから対応するDNAを合成する過程を逆転写といいます。逆転写は英語で「Reverse Transcription」といいます。RT-PCRのRTはReverse Transcriptionの頭文字が由来になっています。リアルタイム(Real Time)の頭文字と勘違いしないようにしてくださいね。
またRNAから逆転写によって作られたDNAを相補的DNAと呼び、相補的は英語で「complementary」ということからcDNAと呼ばれます。こちらはcyclic DNAと間違える学生が多いので注意してください。
RT-PCRの簡単な流れ
- RNAから逆転写により相補的DNA(cDNA)を合成する
- cDNAを鋳型にPCRを行う
- RNAに対応したDNAを増幅することができる
「RT-PCRについてもっと詳しく知りたい!」という人はこちらの記事を参考にしてください。

リアルタイムPCR
リアルタイムPCRはDNAやRNAの量を正確に測定するときに使用します。
コンベンショナルPCRでは30~40サイクルかけて遺伝子を増幅させて、最終的に増幅された遺伝子の量を測定します。この方法でも量を測定することはできますが、正確性に欠けてしまいます。
リアルタイムPCRでは1サイクル毎に遺伝子の量を機械で測定することで、コンベンショナルPCRと比べてより正確に遺伝子の量を測ることができるのです。
RNAの量を測定したい時には、RNAを逆転写したあとにリアルタイムPCRを行うので、一連の流れをRT-リアルタイムPCRと呼ぶこともあります。
リアルタイムPCRに関する詳しい説明は「【図解付き】リアルタイムPCRの原理【初心者向けにわかりやすく解説】」に書いています。
ネステッドPCR
ネステッドPCRはコンベンショナルPCRと比べて、目的とする遺伝子をより特異的に増幅することができる手法です。
ネステッドPCRでは2種類のプライマーを組み合わせて2回PCR反応を繰り返します。
非特異的な反応が2回起きる確率がかなり低いために、この方法により非特異的な反応を抑えることができます。

詳しくは「ネステッドPCRの原理・利点・プロトコルを解説【nested PCRとは】」を参考にしてください。
インバースPCR
インバースPCRは既知のDNA配列に隣接する未知のDNA領域を増幅することができる手法です。
増幅したDNAを利用することで、未知のDNA領域の塩基配列を同定することができます。
具体的には既知のDNA領域を切断することができる制限酵素によりDNAを切断し、切断したDNAをライゲーションにより環状DNAを作製します。
作製した環状DNAを鋳型にして、既知のDNA領域に互いに逆向きに結合するプライマーを用いてPCRを行うことで、塩基配列が未知のDNA領域を増幅することができます。
複雑な手法なので、以下の図を使って考えてみてください。
インバースPCRについてもっと詳しく知りたいひとは「インバースPCRとは【原理・方法・使用例を解説】」を参考にしてください。

PCRの種類まとめ
4種のPCRの特徴を表にまとめます。
PCR法の名前 | 使用用途 |
コンベンショナルPCR | DNAからDNAを増幅するときに使う(一般的なPCR) |
RT-PCR | RNAを増幅するときに使う (逆転写によりRNAからcDNAを合成しPCRを行う) |
リアルタイムPCR | DNA・RNAの量を正確に測定するときに使う |
ネステッドPCR | 目的遺伝子を特異的に増幅するために使う |
インバースPCR | 未知の遺伝子を増幅するために使う |
初心者用おすすめ書籍
いかがでしたでしょうか?
勉強になったと思ってもらえると嬉しいです。
最後に「もう少し勉強したい!」と思っている人向けに初心者向けの書籍を紹介します。
『バイオ実験イラストレイテッド3』は
- 実験を始めたてで基礎からしっかり勉強したい
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これを機に原理をしっかり勉強して、幅広い研究に応用できる知識を身につけましょう。
・質問などがある人はページ下のコメント欄に書いてね!



詳しい解説本当にありがとうございました!
フェイスブックでシェアさせていただきました^-^
コメントだけでなくシェアまでしていただきありがとうございます。
お役に立てたようでしたらすごくうれしいです。
このコメントを励みにこれからもお役に立てるように頑張ります!
PCR検査機の中身、すなわち、何を検査資料にあて、何で検出するのかわかりません。例えば透過法なら何ナノメートルの光を照射し、なにを検出器としているのか、それともクロマトグラフィ法によるのか教えてください。
幕臣の子孫さん
コメントありがとうございます。
先ずPCR機には検出器が付いているものと付いていないものがあります。
検出器がついているものに関しては、蛍光を検出することによりDNA量を測定します。
ここでは最もよく使われるサイバーグリーンという蛍光物質を例に挙げて説明します。
サイバーグリーンはDNAの二重らせんにはまりこむことで光る蛍光物質です。
つまりPCRでDNAが増幅されるとサイバーグリーンがよく光るようになるので、このサイバーグリーンの蛍光を検出します。
具体的には青色の励起光(488 nm)を照射してサイバーグリーンを緑色(520 nm)に光らせたときの蛍光を検出します。
つまりPCRの機械の内部には励起光の照射部とサイバーグリーンの蛍光の検出部が備わっています。
また蛇足にはなりますが、検出器の付いていないPCR機を使う場合には、PCR反応が終わったあとのDNA溶液をアガロースゲル電気泳動をしてエチジウムブロマイドという化合物を使ってDNAを検出します。
エチジウムブロマイドはサイバーグリーンと似たような性質を持っていて、DNAの二重らせんにはまりこむと強く光るようになります。
エチジウムブロマイドは紫外線を照射することで蛍光を発するので、PCR機とは別にゲル撮影機を用意して、紫外線を照射したときのエチジウムブロマイドの蛍光を検出することでDNAを可視化することができます。
一般的には上記の2つの方法のいずれかを使うことが多いと思います。
長くなりましたが、少しでもお役に立てれば嬉しいです。
大変勉強になりました、ありがとう御座いました。